国が町工場の機械を買う時代——防衛生産基盤強化法の設備投資支援160社を分析した

防衛産業の話は、たいてい「誰が装備品を受注したか」で語られる。しかし2023年以降、まったく別の種類の契約が防衛装備庁の公表データに現れている。

国が、企業の工場設備を直接買っているのである。

契約データ39ヶ月分(2023年4月〜2026年6月・22,392件)から、随意契約理由に「防衛生産基盤強化法」を含む契約を抽出した。230件・160社・443億円。 その中身を見ていく。

契約の実例

こういう文面である。

最新の研削盤導入による航空機用エンジン部品の研削工程の製造工程効率化に関する特定取組を行うものである

日本精工、3億6,300万円。研削盤の導入費用を国が負担している。装備品を買っているのではない。

同様の契約が並ぶ。

企業金額内容
佐世保重工業15.89億円大型クレーン導入による艦艇の点検・修理能力の向上
日本航空電子工業5.40億円リングレーザージャイロの新規設備導入
フジワラ4.89億円精密片面研削機導入による風防・キャノピー研削工程の省人化
吉増製作所4.60億円航空機用エンジン部品の製造工程効率化
大和歯車製作4.10億円円筒歯車研削盤等の導入による航空機部品製造の効率化
豊和工業4.00億円小銃部品加工への最新設備導入
昭和金属工業3.91億円弾薬用薬莢の選別・部品外し自動機の導入
SAKODA3.16億円ファイバーレーザー切断機導入によるりゅう弾砲フレーム製造の自動化

リングレーザージャイロ。風防のアクリル研削。薬莢の選別。りゅう弾砲のフレーム。

これらは装備品の完成品ではなく、その内側にある工程である。従来はプライム企業の下請けとして担われ、公表データには一切現れなかった領域だ。

制度の背景

2023年に成立した防衛生産基盤強化法により、国が防衛産業のサプライチェーン維持・強化のために財政上の措置を講じる仕組みが整備された。設備投資、サプライチェーン強靭化、サイバーセキュリティ強化、事業承継などが対象になる。

背景には、防衛部門から撤退する企業が相次いだという事情がある。防衛装備庁の資料では、住友電気工業(航空機用レドーム、2007年)、横浜ゴム(航空機用タイヤ、2009年)、小松製作所(車両、2019年)、ダイセル(射出座席・火工品、2020年)、三井E&S造船(艦船、2021年)といった撤退事例が示されている。

装備品1品目のサプライチェーンは巨大で、F-2戦闘機で約1,100社、10式戦車で約1,300社、護衛艦(DD)では約8,300社にのぼるとされる。この裾野が細ることは、装備品そのものが作れなくなることを意味する。

設備投資支援は、その裾野に国が直接資金を入れる制度である。

3年間で規模は2.4倍に

年度件数金額企業数
令和5年度29件82.7億円15社
令和6年度78件159.3億円55社
令和7年度123件201.2億円105社

企業数は15社から105社へ、7倍に増えている。 金額は2.4倍。制度が本格的に回り始めたのは令和6年度以降であることが分かる。

誰が受けているか

金額上位を見ると、プライム企業も含まれる。

順位企業金額件数
1三菱重工業135.06億円12件
2東芝インフラシステムズ31.55億円1件
3住友精密工業16.85億円16件
4島津製作所16.43億円10件
5佐世保重工業15.89億円1件
6IHI15.86億円6件

三菱重工の135億円は、艦艇建造ドックの近代化(60.79億円および41.50億円)が中心である。東芝インフラシステムズの31.55億円は、防需向け専用の電波暗室の整備だった。

ただし、金額の中央値は1社あたり0.9億円である。160社のうち86社(54%)は1億円未満で、5億円以上は13社しかない。上位数社を除けば、1億円前後の設備投資が大半を占める制度だといえる。

この制度が持つ、もう一つの意味

分析していて気づいたことがある。

この制度によって、これまで見えなかった企業の名前が公表データに現れるようになった。

大和歯車製作、吉増製作所、小坂鉄工所、SAKODA、昭和金属工業。いずれも装備品の受注実績としては公表データに出てこないが、設備投資支援の相手方として名前が載っている。

つまり、「防衛省と契約したことがある企業」の範囲が、制度によって広がった。

これは統計上の注意点でもある。契約データで「初めて登場した企業」を数えると、この制度による企業が大量に含まれる。実際、直近12ヶ月に初登場した230社のうち78社(34%)がこの区分だった。新規参入が増えたのではなく、既存のサプライヤーが可視化されただけである。

参入を考える企業への含意

この制度は、すでに防衛品を作っている企業を対象としている。契約理由の文面には、いずれも「本件の契約を履行できる事業者は、防衛生産基盤強化法に基づき(…)」という限定が付いている。

したがって、これから防衛産業に入ろうとする企業が直接使える制度ではない。

ただし、示唆はある。国が費用を出してでも維持したい工程が、契約文面から具体的に読み取れる。

  • 航空機エンジン部品の研削・切削
  • 誘導弾用部品の加工
  • 弾薬・薬莢の製造工程
  • 艦艇の建造・修理設備
  • 風防・キャノピーの研削

これらは、供給者が不足している、あるいは設備が老朽化している領域である。同種の加工能力を持つ企業にとって、参入余地がどこにあるかを示す地図として読める。

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本稿について

  • 対象データ:防衛装備庁「契約に係る情報の公表(中央調達分)」2023年4月〜2026年6月分(126ファイル・22,392件)
  • 抽出条件:随意契約理由に「防衛生産基盤強化法」を含む契約
  • 集計・分類は筆者が独自に実施したものであり、防衛省・防衛装備庁の公式見解ではありません
  • 契約履行完了後に公表される「特定取組契約」は別系統で公表されており、本稿の集計には含まれていない可能性があります
  • 金額は契約金額であり、支出ベースとは異なります
  • 本稿は防衛政策の是非を論じるものではなく、公開調達データから産業構造を観察するものです

防衛省の月次契約データを継続的に集計・分類しています。特定領域の受注動向調査や、企業別の受注実績の確認などのご相談は、下記までご連絡ください。

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